谷中と千駄木にまたがる商店街「よみせ通り」で活躍する(予定の)少年少女探偵団!

よみせ通りとは?






昔は駒込染井から上野不忍池まで、藍染川が流れていました。(谷戸川→藍(合)染め川→境川と名称は変わります)【『町なかに瀬をなし流れゆく水のさざ波 きよき砂のうえかも』と、藍染川を見て折口信夫の歌で今から90年前の風景と・・・(文京の歴史十冊子より】このように詩にも詠われております。

大正9年10月に藍染川の案渠(あんきょ)工事が完成すると、その川の上も[よみせ通り]となりました。道幅8メートルの立派な通りで、時代の流れと友に住人も多くなってくると、色々とお店が調い、安八百屋横丁(おかず横丁)が栄え、朝市が立ち、生活必需品が全て揃った便利な活気溢れる買い物通りとなりました。特に午後からは両側500メートルにわたり、露店が軒を並べて客を呼び、夕暮れ頃から大道芸人の口上が面白く人垣をつくり、下町風情たっぷりの楽しい、商いが競い合う通りとなりました。当時は買い物客や冷やかし客でいっぱいの人の波で、歩くことすらもままならない程に栄えをみせたそうです。

賑やかさは夜の更ける迄続き、憩いの買物通りと評判になり、誰云うとなく露店(夜店)の並んだこの通りは「夜店通り」と呼ばれるようになりました。その名は東京市(現・東京都)中に知られ、繁栄は一部戦災を被るまで続いたそうです。戦後は商店街の復興も早く、名物の露店も復活して人の通りも以前に戻りました。それと同時に車の通行量も多く烈しくなって、相互通行では渋滞を呈し、一方通行に規制されました。それでも緩和されず、歩行者の交通安全第一を優先と露店が禁止になってしまいました。商店街名の[よみせ通り]の「よみせ」は、「夜店」の名残です。

よみせ通り商栄会公式ホームページより引用させていただきました。―