妖店的観光案内

3月28日更新

旬報と言いながら旬報らしいニュースはなにもなかったので、ツイッターでもご案内した、谷中千駄木界隈がいかに妖怪や獣や人でないものが集まりそうなワンダーランドであるかという点をご説明しようと思います。

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まずは、台東区が文京区と荒川区の仲を裂くようにぐいっと食い込んでいることで、区界が入り乱れるエリアが生まれています。この文京区と台東区の区界が、妖店通り商店街(よみせ通り商栄会)となります。つまり、向かいの店同士が区が違うということです。半分が台東区、半分が文京区。

ちなみに谷中銀座も一部区界で、商店街内が台東区と荒川区で分かれています。

さらに路地やお寺が多く、初めてきて路地に迷い込むと、出られなくなりそうな感覚に陥ります。どころどころで不意に小さな祠や小さなお地蔵様と遭遇するのもまた…。

広大な敷地の谷中霊園には多くの著名な方々が眠っています。天王寺にあった谷中五重塔は谷中のシンボルでしたが、谷中五重塔放火心中事件により焼失し、いまは谷中霊園の敷地内に跡だけが残っています。

【妖店的スポット紹介】

☆諏方神社:御祭神は、大国王神の子、建御名方命。境内社は末廣稲荷神社、銭降稲荷神社、三宝荒神社、三峰神社。稲荷とはいえ、狐の像はありませんが、力強い狛犬の像があります。木々が多く、古い神楽殿もあり、境内にいると不思議な気持ちになります。

☆道灌山:地図からははみだしていますが、この地図の上のあたりです。「ホラガイが龍に化身して山から抜け出すという話は、ほかの古典の文献や民間伝承にもある。『東京近郊名所図会』によると、明治5年8月25日午後に激しい雷雨があり、道灌山の北川の崖が崩壊して穴跡ができ、山に千年住んだ法螺が抜けて昇天した跡だと評判になったという」(ウィキペディアの出世螺の説明より)「日暮里の花見寺でも明治初期の夏、轟音とともに真っ黒いホラガイが土を蹴散らして空へ飛び去ったという伝承」があると記載されておりますが、下記の青雲寺も修性院も花見寺と呼ばれているのでどちらなのかはまだ調べていません。

☆青雲寺:谷中七福神の恵比寿神が祀られています。また伝奇ロマン“南総里見八犬伝”の著者、滝沢馬琴の筆塚碑、硯塚の碑があります。

☆修性院:谷中七福神の布袋神が祀られています。

☆六阿弥陀道:青雲寺や修性院をはじめとし、いくつものお寺が並ぶ細い通りです。

狸坂:坂の上が千駄木山、俗称「狸山」と呼ばれており、そこに向かう坂として「狸坂」と名付けられました。諏方神社の祭礼が終わっても、毎晩どこからともなく「お囃子」が聞こえてきて、土地の人たちはこれを“天狗ばやし”“馬鹿ばやし”といって狸山にすむ狸のしわざと言い伝えてきたと言います。

☆地図からはみ出てしまいましたが、狸坂と並行してきつね坂むじな坂という名の坂があります。

☆須藤公園:加賀藩の支藩の大聖寺藩の屋敷跡。大きな池のある公園で「河童注意」の看板があります。

へび道:藍染川の跡。蛇のようにクネクネと曲がっているので名付けられた道。

☆全生庵:毎年8月に三遊亭円朝師匠遺愛の幽霊画コレクションが公開されます。

☆団子坂:妖怪…ではありませんが、江戸川乱歩(D坂の殺人事件)、森鴎外(青年)、夏目漱石(三四郎)などの作品に登場します。

長命源:谷中千駄木に長く過ごしている人は知っている、谷中銀座の上(今の谷中松野屋さんのところ)で販売されていた健康ドリンクです。残念ながら2009年にご主人が亡くなり閉店し、秘伝の配合はだれにも伝えられず。御年93まで長生きされたということで、ご自身の身を以て、長命源の効果を実証されたことになりますが、幻のドリンクとなってしまいました。当時の様子はこちらから是非ご覧ください。(東京DEEP案内さんの記事より)  また、地域情報ブログ「谷根千ウロウロ」さんによると、リニューアルのため壊している最中に出てきた看板が「天狗倶楽部」だそうです。

 

【2016年追記!】

富士見坂付近には日活の前身であり日本最古の映画会社“福宝堂”の『日暮里花見寺撮影所』がありました。その前には1年間ですが『花見座』という芝居小屋もあったようです。福宝堂は『探偵奇譚ジゴマ』(無声映画)というフランスの怪盗映画を、花やしきも近い浅草六区の映画館でヒットさせ、これが日本初の洋画ヒットだと言われています。

※知ってびっくり。地元の人も撮影所があったのは知らないのではないでしょうか。無声映画に探偵に怪盗に浅草。知れば知るほど繋がっていきます。これぞ妖かしの力?

 

【2017年追記!】

時は江戸、徳川家斉の時代。延命院(現在のゆうやけだんだん近く)には“日道”という美しい僧がおり、町娘から大奥や大名家の女中等17~60歳約60名と姦淫に及んだとして摘発を受け、斬罪となりました。この話は河竹黙阿弥の手により『日月星享和政談』として脚色され、明治に初演されました。
さてこの話だけでも面白い(延命院さんにとっては不名誉でしょうが)のですが、さらに面白い続きが。老舗羽二重団子の6代目のお話しによると、当時、日蓮上人の法力に屈した娘に化身した白蛇が立去った跡に残していった3枚の鱗のうちの1枚が延命院の七面堂内の本尊として祀られているという話が江戸中の噂となり、人々が押し寄せ、もちろん人が押し寄せればお布施も増えるとのことで、大層繁盛したそうです。
これを妬んだ他の寺院(ここでは名前を控えます)が、悪質な破戒僧を仕立てて、陥れた、というのです。
実際に“延命院事件”は存在し、死刑になった僧侶がいるのですから、美男の僧がいて、女性たちには人気だったのは確かなのでしょう。もう200年以上も昔の話ですからなにが真相かは確かめきれませんが、こういった話が残っているというのは面白いことです。
さらに、八百屋お七の母親は延命院の七面堂で子宝祈願をし子供を身ごもったので“お七”と名付けたという話も残っておりますので、延命院というお寺さんは本当になんというか色々ともっていますね。

まさにワンダーランドなこのエリア。

以上、妖店的周辺観光案内でした。


youmisesyunpo • 2015年6月1日


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